100周年シンボルマーク 創立100周年記念 学校法人大妻学院
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創立者胸像・草創期の教場大妻学院の歩み
Y・伸展期-昭和26年から昭和41年- 〜大妻教育の更なる推進に向けて-若い時代を精一杯充実させて欲しい-〜

 

学長・校長の河原春作先生と語る大妻コタカ先生  昭和26年に、財団法人大妻学院は学校法人大妻学院と改組し(理事長山内吉雄)、河原春作氏が学長・校長に就任する。
 そして、27年。コタカ先生は公職追放を解かれ、理事長として復帰された。
 その喜びを卒業生たちは「お母様のおみ足になれかし」とルノーを贈って表わした。

卒業生から贈られたルノーに乗って  28年には、創立45周年式典を挙げ、新しい校旗、校歌、制服等を定め、改めて大妻再建のスタートを切った。
 29年、コタカ先生は教育功労者として藍綬褒章を受章された。これも大きな喜びとなった。
 中・高校舎、大学校舎も次々と建設修復。周囲にはまだビルのなかったこの頃、その全容が千代田の森の緑風に映えた。
 千葉県富津に臨海寮、山梨県に八ヶ岳寮を建てたのもこのころである。
 33年には、創立50周年式典を東京体育館で挙行。父兄の一人として浅沼稲次郎氏の祝辞もあった。しかし、翌34年、木造モルタル講堂から出火し焼失する。これは、コタカ先生が生涯の中でも辛かったことの一つに数えられた出来事である。

勲三等宝冠章を受賞(昭和39年4月29日)  その後、講堂も立派に再建し、コタカ先生は39年に、勲三等宝冠章を受章された。
 理事長、学長、校長として本格的に復帰されたコタカ先生は、教え子たちに「自分はあらゆることに頑張ってきたつもりであるが、今になると、もっと自分を試みるべきであったと悔やむこともある。可愛い子供たちには、どうか若い時代を精一杯充実されたほしい」と励ますのであった。

 
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